H24.2.26 主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
(・聖書をもっておられる方は、今日の聖書の箇所を開いて 読んでください。)
「題」        「主の再臨に備える
「聖書の箇所」  マタイ25:1~13

 今は年度末を迎えていて、さまざまな取り組みや事業の報告、決算がなされています。私たち一人一人に人生の締めくくりがあり、また、やがて世界の終末があり、必ず、主の前に立つときが来ることを聖書は繰り返し語っています。主の来臨についてイエスが語られた「10人の乙女のたとえ」から、注意深く学びましょう。

1、花婿を待ち生きる
 主イエスは「場所の備えができたならば、またきて、あなたがたをわたしの所に迎えよう」(ヨハネ14:3)、しかり、「わたしはすぐに来る。」(黙示録22:20)と約束されました。このたとえで、花婿を待つ花嫁に付き添うおとめは、再臨の主を待つ私たちのことです。私たちは過去の思い出に生きるのではなく、まるで今が全てであるかのように生きるのでもなく、主が約束された日、私たちの救いが完成される日、主の来臨の日を待ち臨み、良い備えをなし、今日を生きるのです。

2、待つ者の備え
 当時の結婚は、まず、花婿の家で祝宴の備えがなされ、花婿が花嫁を迎えに行き、花嫁の家に到着すると、付き添いの女性たちが外に迎え、それから、花婿が花嫁を連れ、付き添いの女性たちが行列を作って花婿の家に行き、そこで、祝宴が開かれました。
10人の乙女たちは、明かりを灯して花婿を迎えようと待っていたのです。みな明かりを灯し待っていたのですが、彼女らは思慮深さの点で違っていました。その違いは、花婿が到着した時はっきり分けられる結果となって現れたのです。彼女たちを分けたものは「油」でした。それは、聖書でしばしば油に象徴される「聖霊」のことです。
クリスチャンは、キリストを信じ、内に聖霊をいただいた者です。その聖霊を内にどれだけ意識して生活が出来ているでしょうか。聖霊を内に崇め、聖霊と交わり信頼し、聖霊に導かれ、聖霊と共に生きる者でしょうか。このような生きた信仰が生活の中で身についていること、実質的な生きた信仰となっていることが問われているのです。
形式、形骸化した信仰と生活、律法的な信仰は、再臨の主の御前に立つことができません。

3、目をさましていなさい
 花婿を待つ間に、乙女たちはみな居眠りしてしまいました。ここでは、つい眠ってしまう弱さがとがめられていません。しかし、肯定されてもいません。 自分自身の弱さ、眠りを誘うこの世の誘惑があります。眠ってしまいやすい私たちだからこそ、絶えず「目をさましていなさいよ」と促されているのです。
そのために、聖霊に励まされ、生きた信仰を保ちつつ、思慮深く、主に忠実な信仰生活をしていくことが求められているのです。主の来臨は、確実に近づいています。
御聖霊によりたのみ、互いに励まし合いながら、目覚めた、生きた信仰生活をしていきたいものです。

礼拝式: 「目をさましていなさい。その日その時が、あなたがたにはわからないからである。」 マタイ25:13
プログラム 時間 音声
前奏 0:32

賛美:天地こぞりて 0:52

交読:詩篇24 1:10

主の祈り 0:51

賛美:おお御神を誉めまつれ 3:02

聖書:マタイ 25:1~13 1:50

賛美:いつかは知らねど 4:15

説教:主の再臨に備える 9:00

賛美:いつ主はきたりたもうや 3:21

頌栄:父御子御霊の 1:30

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