H24.2.19 主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
(・聖書をもっておられる方は、今日の聖書の箇所を開いて 読んでください。)
「題」        「摂理の神への信仰
「聖書の箇所」  創世記50:15~21節

 ヨセフ物語は創世記37章から50章までに記されています。その生涯は波乱万丈で、不運の連続でした。しかし、そのような中にも神への信頼を保ち、清い生活と勝利ある生涯は主イエスのひな型とも言われます。そして、全てのことが益に変えられ、ついにはエジプトを治める宰相になるのです。
 カナン地方に激しい飢饉が続き食物が尽き果て、ヤコブはやむなく穀物の買い出しのため息子たちをエジプトに遣わしました。エジプトには、かつて兄弟たちが奴隷として売り渡した弟ヨセフが、20年の年月を経て、今やエジプトの宰相として全土を支配していたのです。神のご計画は人間には計り知れないところがあるのです。

1、ヨセフと兄弟たちの再会 15~21
 ヨセフは、カナンからやって来た者たちが自分の兄たちであるとわかりました。一方、兄たちはエジプトの偉大な宰相が、かつて自分たちが奴隷として売り渡した弟ヨセフであろうとは夢にも思いません。ヨセフは、わざと荒々しい態度で兄たちをあしらいましたが、彼らの中に同じ母の子であるベニヤミンを認めると、こらえきれず、ついに自分の正体を打ち明けます。
 兄たちは驚き、かつて、ヨセフに行った悪事に対する報復を恐れました。ヨセフは「神は命を救うために、あなたがたよりさきに私をエジプトにつかわされたのです。それゆえ、わたしをここに遣わしたのは、あなた方ではなく、神です。」と言いました。 このことばに、ヨセフの信仰が見られます。

2、摂理の神への信仰
 摂理の信仰とは、神は全知全能であって生きて働かれ、いついかなる場合でも愛する者に善を行われるお方であることを信じる信仰です。この信仰によって、どんなに状況が悪くても、生きて働かれ最善をなされる神を信じ、ほめたたえることができるのはクリスチャンの特権です。摂理の神が万事に働いておられるという信仰に立つなら、どんな不運と思われることも、全く別の見方が出来てきます。
 ヨセフは、この信仰を持っていました。兄たちに憎まれ、奴隷としてエジプトに売られたことも、エジプトでポテパルの妻の誘惑を退けたことで憎まれ、濡れ衣の罪を負わされ獄に投じられた時も、獄屋での恩を忘れられたことについても、神を仰ぎ、神が共にいます幸いを得ることができました。そして、全てのことに神が働かれ、すべての不運を益に変えてヨセフを最善に導かれたのです。

「神は、神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」ローマ8:28

神は真実な方です。どんな時にも神を愛し、神を信じ続ける決意をしましょう。

礼拝式: 「神は それを良きに 変えらせて・・」 創世記50:20
プログラム 時間 音声
前奏 0:30

賛美:天地こぞりて 0:48

交読:詩篇23 1:00

主の祈り 0:52

賛美:主をほめよわが心 3:08

聖書:創世記 50:15~21 1:36

賛美:イエスのもとに 2:30

説教:摂理の神への信仰 9:00

賛美:わが行く道 いついかに 2:10

頌栄:父御子御霊の 1:30

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