H24.2.12 主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
(・聖書をもっておられる方は、今日の聖書の箇所を開いて 読んでください。)
「題」        「砕かれて勝利する」
「聖書の箇所」  創世記32:22~32            

 ヤコブはパダンアラムの叔父のもとに身を寄せ、そこで20年の歳月を費やしました。(29章~31章) 彼はラバンの娘レアとラケルをめとり、そのはしための子らを含む11人の子を得ました。狡猾な叔父ラバンのもとで大変な苦労を重ねましたが、べテルで現れた神は約束されたようにヤコブを守り、祝福されました。ラバンは成功したヤコブを妬み、最早以前のような好意を示さなくなりました。ある日、主なる神が現れ「あなたの先祖の国に帰りなさい、私はあなたと共にいる」(31:3)と語られました。

1、故郷に帰る  32:3~21
 家族や僕たち、多くの財を得て懐かしい郷里に帰っていくヤコブですが、その心は暗く重いものでした。20年前、偽り騙してエサウの長子の特権を奪ったヤコブを、エサウが受け入れるでしょうか。エサウとの和解の問題が残されたままでした。主は、私たちの解決されていない問題、引き延ばされていた課題や罪を根本的に解決するため、問題に直面させられます。彼は人間の知恵をもって周到な準備をしますが、不安と恐れは募るばかりです。ヤコブの心には、今だ、主への信仰と人への恐れが共存していました

2、ヤボクの渡しでの経験 22~32
 ヤコブは、ひとり川のほとりに眠られぬ夜を過ごします。その夜、ヤコブの前に一人の人が立ちはだかりました。そして、ヤコブと力を尽くした格闘をしました。夜通しの激しい戦いの後、ついに自我の強烈なヤコブは相手に勝ちます。しかし、同時に、彼のものの関節をはずされてしまい、ヤコブは足腰が立たなくされました。
 ヤコブと神との激しい格闘(霊的、信仰的な祈りの取り組み)において、最後は神が勝利をされたのです。そして、そこに神の祝福が与えられるのです。信仰の勝利、祈りの勝利とは、自分が神を屈服させることではなく、神に屈服させられることなのです。神に肉迫し、神に破れ、神に克服されたとき、人は真の勝利と祝福を受けます。もはや、悪賢いヤコブ、肉の実力者ヤコブ、この世に長けたヤコブは、神の前に完全に打ちのめされ、破れ去りました。そして、神に支配され、神のみこころに生きる新しいヤコブが誕生したのです。これは、ヤコブのきよめの体験でした。

「わたしはキリストと共に十字架につけられた。生きているのは、もはや、わたしではない。キリストがわたしのうちに生きておられるのである。」(ガラテヤ2:19、20)

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