H24.1.22 主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
(・聖書をもっておられる方は、今日の聖書の箇所を開いて 読んでください。)
「題」        「神のもとに帰る」 
「聖書の箇所」  ルカ15章1節~7節

 今日の聖書箇所は、イエスが語られた有名な「失われた一匹の羊を捜す羊飼い」のたとえです。

1、一人の罪人を 捜し追い求める神
 当時、ユダヤ宗教社会の中から追い出された「取税人や遊女、罪人」を、主イエスは迎え入れました。パリサイ人や律法学者たちは、そのことをつぶやき非難しました。しかし、主は「わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである」(ルカ5:32)と言われ、このたとえを通し、ご自分が失われた一人の罪人を捜して救いに導くことを使命として来られ、一人の罪人が救われるのを最大の喜びとされることを語られました。

2、羊飼いである主
 旧約聖書では、羊飼いは神様(または神に任命された王)で、羊は神の民です。詩編23篇1節は、民が神に養われ導かれる幸いを歌っています。そして、イエスご自身も「わたしは良い羊飼いである」と言われました。良い羊飼いであるイエス様は、九十九匹の羊を人に任せても、失われた一匹の羊を捜し求められます。一匹の羊への愛ゆえに、手間暇かけ犠牲を払うことをいとわれません。そして、ついに羊を見出し、自分の肩に乗せて大喜びで帰ってくるのです。それは、主の十字架に向かう生涯に語られています。

3、悔い改めを求め、喜ばれる主
このたとえの解説が<7節>です。
「それと同じように、罪人がひとりでも悔い改めるなら、悔い改めを必要としない九十九人の正しい人のためにもまさる大きい喜びが、天にあるであろう。」
ここで主は「悔い改め」ということばを用いられました。羊が羊飼いのもとに帰るように、神に背を向け、神を離れた罪人が、心を入れかえ(本心に立ち返って)、神のもとに立ち返るのが悔い改めです。
罪人が救われ、本来、おるべき場所である豊かな神の導きと養いに立ち返るためには、どうしても、この<悔い改め>が必要です。すべての人に、「本心に立ち返った」悔い改めが必要です。クリスチャンであっても、神の清さ義に触れる毎、さらに徹底した、深い真実な悔い改めに導かれていくのです。悔い改めを必要としない正しい人など、だれも、どこにもいないのですから・・。

私たちは皆、神の清い光の中で自分を吟味し、示される罪を深く悔い改め、神に立ち返りましょう。神様は、何よりもそのことを願い、豊かな恵みをもって待っておられます。

礼拝式: 「いなくなった一匹を見つけるまでは捜し歩かないであろうか。」ルカ15:4
プログラム 時間 音声
前奏 0:27

賛美:天地こぞりて 0:48

交読:詩篇16 1:34

主の祈り 0:49

賛美:主のみいつと 2:29

聖書:ルカ15:1~7 1:05

賛美:九十九匹の羊は 4:00

説教:神のもとに帰る 8:26

賛美:イエスは汝をよびたもう 3:04

頌栄:父御子御霊の 1:27

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