H23.10.30 主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
(・聖書をもっておられる方は、今日の聖書の箇所を開いて 読んでください。)
「題」        「世の光キリスト」 
「聖書の箇所」  
 ヨハネ8:1~12

1、    闇の中を歩いている人々 3~6  
この物語に2つの闇が出てきます。
①    罪を犯す人間の闇 女は姦淫の現行犯で捕えられました。彼女は隠れた肉欲の奴隷になっていました。闇で行う罪の行為は、常に暗さ、惨めさがともない(エペソ5:12)、すべてがさばきの日に暴かれ明らかにされます。(ローマ14:10)
②    他人を裁く人間の闇 女を捕えた人々は、恥ずかしい姿のまま公衆の面前に引き出しました。恥辱と恐れのため、身を固くしている女に対して何の躊躇もありません。人を批判し断罪する冷たい態度、人を人と思わず罠にかける材料として用いたのです。
隠れた肉欲の奴隷となった心も、他人の罪を暴き、それを利用して人を罠にかけようとする非情なこころも、両方、闇です。

2、    光であるキリスト 7~11 
「この女をどうするか」とイエスに問いつづける人々に、イエスは立ち上がって言われました。
「あなたがたの中で罪のない者が、最初にこの女に石を投げるがよい」
このことばは<光>です。人の心の闇を照らし、女に向けていた批判の指を自分に向けさせました。イエスの放たれた光は、彼らの良心を照らし目覚めさせたのです。彼らは恥ずかしそうにその場を立ち去り、罪の女だけが残りました。イエスは女に言われます。
「わたしもあなたを罰しない。お帰りなさい。今後、もう罪を犯してはなりません。」 
間違ってはいけません。彼女は無実とされたのでなく、罪を見逃されたのでもありません。イエスこそこの女の罪を裁くお方(神)ですが、女のために十字架にその罪を負われました。

3、    光の中を歩む 12
 「明らかにされた者は、みな、光となる。」(エペソ5:14) 
イエスは人々に語って言われました。
「わたしは世の光である。わたしに従って来る者は、やみのうちを歩くことがなく、命の光をもつであろう」。(12)
「光の子らしく歩きなさい。」(エペソ5:8)

光であるキリストの救いを受け、すべての闇のわざを捨て去り、光の中を生きるものとなりましょう。

 

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