H23.10.23 主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
(・聖書をもっておられる方は、今日の聖書の箇所を開いて 読んでください。)
「題」        「切なる信仰をもって祈り求める」 
「聖書の箇所」  マルコ10:46-52
                                                  

群衆に囲まれてイエスと弟子たちがエリコの町を出ようとした時、道端で物乞をしていた盲人のバルテマイという男がイエスがお通りだと聞いたとたん、立ち上がって叫び出しました。「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」。人々は彼を叱りつけて黙らせようとしましたが、彼はますます声を上げて叫び続けました。ついに、イエスに呼ばれ、「何をしてほしいのか」と尋ねられると、彼は「見えるようになることです!」と言いました。イエスは「あなたの信仰があなたを救った」と言われ、彼は目が開かれて、この時からイエスに従って行きました。
イエスがバルテマイに言われた「あなたの信仰」とは、どのようなものでしょう。

1、機会を逃さない
彼はイエスにお目にかかったことがありません。しかし、ナザレのイエスのことについて耳にして以来、彼の心はイエスに結び付いたのです。このお方は確かに救い主であり、わたしをあわれんでくださるお方であると信じました。イエスについて聞いただけで、イエスを深く信頼し、その時が来たとき、全身全霊をかけてイエスを呼び求めたのです。信仰は<機会>が自分の前を通った時、それを捕え、信じ、行動を起こします。
「信仰は聞くことから始まり、聞くことはキリストについてのみことばによる。」(ローマ10:17)

2、妨害に屈しない 
彼がイエスに叫んだ時、人々は彼を叱って黙らせようとしましたが、彼はますます、イエスに呼び続けました。これは、信仰を求める者に無くてならない態度です。

人は、真理を求めようとするとき、必ず妨害を経験します。一つは自分自身にある内なる心の妨げです。もう一つは、他者の邪魔(迫害)や嘲笑です。さらに、困難や試練という妨げの状況もあります。これらに負けず、心を整理しつつ大胆にイエス求めていくなら、真理や信仰が何であるかがわかってくるのです。
「もしあなたがたが一心にわたしを尋ね求めるならば、わたしはあなたがたに会う。」(エレミヤ29:13,14)

3、率直な求めを告げる
 「わたしに何をしてほしいのか」とイエスに問われ、バルテマイはすぐさま「先生、見えるようになることです。」と答えました。 彼は、目が見えないという自分自身の問題をよく知っており、それがためにどんなに自分がみじめで不本意な生き方をしてきたことか体験して知っていました。そして、その問題をはっきりと、率直にイエスの前に言い表しました。この神の前の真実な態度(信仰)が私たちに必要です。その時イエスは憐れみと力を表し、私たちの願いと思いを超えて働かれます。

バルテマイのような信仰をもって、イエスに近づきましょう。

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