H23.9.25 主日礼拝

*聖書のお話し(バイブル・メッセージ)
(・聖書をもっておられる方は、今日の聖書の箇所を開いて 読んでください。)

「題」        「見あげた信仰」 
「聖書の箇所」   マタイ15:21~28
聖書中、イエス様に「あなたの信仰は見あげたものです。」と、その信仰をほめられた人が2人出てきます。カペナウムの百卒長とカナン人の女性です。不信仰な弟子たちとは対照的で、しかも、彼らは異邦人でした。外国の地に退かれたイエスは、そこで一人のカナンの女性と出会います。彼女は悪霊につかれた娘の解放のためイエスに叫び憐れみを求めました。

1、切なる求め
ユダヤ人との交わりがない異邦の女が、イエスを救い主と認めるように「ダビデの子よ!」と呼んだのは驚きです。切に求めるこころが真理を見出したのです。彼女の熱心な求めは、自分自身でなく娘のためでした。彼女は愛の故に自分と娘を一つにして「わたしを憐れんでください」と求めています。彼女の切実で、ひるまない求めは、愛のゆえでした。

2、信仰の試み
イエスの態度は、一見つれなく見えます。最初は、母の切なる求めを無視されました。さらに「子供たちのパンを取って子犬に投げてやるのは、よろしくない」と、冷たく拒否するような言葉を語られました。しかし、彼女はイエスのその言葉を受け入れつつ、「子犬も食卓から落ちるパンくずはいただけます。」と絶妙の返答をします。その時、イエスは「その言葉で十分である」(マルコ7:29)と言われたのです。その娘は癒されました。イエスは、すぐ求めに応じられないことで、この女性を試し、信仰を引き出し,その上で彼女の願いに答えられたのです。主は、求めを拒まれません。しかし、その求めを問い、試みられ、導かれます。果たして、私たちの信仰はどうでしょうか。

3、立派な信仰・大きな信仰
イエスがほめられた信仰とは、謙虚な姿勢で神の恵みを求め、イエスの言葉を素直に受け入れ、信仰による理解力を持ち、あくまでもイエスを信頼したのです。イエスは、その信仰を「見あげたもの」とされました。私たちもこの信仰が必要です。

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